「え〜…サーヤ的には完全に『ナシ』って感じなんだけど…」
アジトで花開く女性陣の会話。話の主役はボティスであった。
行き倒れていたところをボティスが拾い世話をして、現在同居している男についての話である。
行くあてが無いと言うその男を介抱しているだけだとボティスは言うが、女性陣は「またボティスが悪い男に引っかかった」とすこぶる評判は悪い。
巻き込まれる形でお喋りしていたソロモンの元へヒュトギンが現れる。
彼が現在、交渉官を務めるトーア公国で厄介な問題が発生したことをヒュトギンは要領よく説明する。
一つは幻獣討伐の依頼、もう一つは前トーア公アイゼンの脱獄に関する話であった。
フルカネリ商会からマキーネを手に入れ、王都へのクーデターを画策したアイゼン。
その野望はソロモン、そしてヒュトギンの「仕込み」によって脆くも崩れ去り、現在はトーア公国にて投獄されていた。
そして、そのアイゼンが脱獄したこと。アイゼンの脱獄を手引きした何者かがメギドである可能性があるとヒュトギンは話す。
◇
トーア公国へ向かうソロモン達、ボティスも同行者の一人である。
道すがら、アイゼンの野望を止めた後のトーア公国の現状について、ソロモンはヒュトギンから話を聞く。
アイゼンが失脚した後、遠縁のシュタールという年端も行かない幼い少年が為政者の地位を継ぐ。
代々、武を尊ぶ気質を持つ公国の民からは幼いシュタールに新トーア公が務まるのかという疑問の声も少なくない。
そして、そこに今回のアイゼン脱獄の一件、まだその情報は限られた者にしか伝えられていなかったものの
ヒュトギンは何者かがアイゼンを担ぎ上げて、再び反乱を起こすのではないかと危惧していた。
更に重要な案件がもう一つ、トーア公国は年に一度の「鉄血祭」が目前に迫っていた。
鉄血祭とはヴァイガルド中から集まった猛者が最強を決める武術大会であり、初代トーア公の時代から続く伝統行事である。
王都や各地の有力者も招かれるその大きな催しは、新しいトーア公であるシュタールへの不安視を払拭するまたとない機会である。
しかし、同時にトーア公が特別席に座る決勝戦や、優勝者への贈呈品の下賜の際にはシュタールの身を危険に晒す隙も生まれる。
特に、鉄血祭の選手として暗殺者として紛れ込んでいたら…。
ヒュトギンの最大の懸念はそこであった。
アイゼンを収監する檻を力づくで破壊したヴィータ離れした人物、もしその犯人がメギドだとしたら、そして試合の選手としてヴィータを装い参加してきたとしたら…。
そのメギドは間違いなく優勝候補となるだろう。
ヒュトギンはソロモンへの依頼の最も重要な件として、その鉄血祭への軍団のメギドの参加を要請する。
実は既に、トーア公国騎士団員を務めるストラスには鉄血祭に参加してもらっている。
しかし万全を期すために後一人、トーア公国に面識の無い誰かに出て欲しいとヒュトギンは頼む。
ちょうど同行者であったボティスに白羽の矢が立つ。
冷静かつ守りにも長けた彼女なら暗殺の防衛にもうってつけだと満場一致の采配である。
最初はためらうボティスであったが、ソロモン達からの頼みを断れるような性格の彼女ではない。
(私が『鉄血祭』に出たら『あの人』が…どうしよう…)
ある事情を抱えるボティスはまたも断れなかった自分にため息をつく。
こうして、新トーア公の暗殺に揺れる公国主催の鉄血祭が幕を開けようとしていた。
◇
一方、トーア公国の地下訓練所ではストラスが先輩騎士団達から推薦枠として鉄血祭の出場を告げられていた。
大会という晴れやかな舞台で目立つなんて絶対に普通じゃない、ストラスはつつしんで辞退しようとするが、「交渉官サマ」のご指名もあってそうもいかない。
トーア公国にやってきたソロモン、ヒュトギン達と合流するストラス。
アイゼンが脱獄したとされる監獄塔に立ち寄るソロモン達
檻が捻じ曲げられた牢屋の壁には、常人では気付けないようなフォトンで書かれた文字が記されていた。
アイゼンの名義でソロモンへの宣戦布告とも取れるその内容に、アイゼンの裏に潜むメギドの存在を確信する。
そんな中、鉄血祭の参加について個人的な事情を抱えていたボティスは、浮かない顔で同居中の男との会話を思い返していた。
その男はかつて、「放浪騎士」として王都の騎士団の食客にもなっていた程の戦士であった。
しかし、ある時、王都に現れた一匹の幻獣に敗北したことが彼の人生を狂わせた。
その敗北を境に身体に刻み込まれた恐怖心から、今日に至るまでまともに戦えなくなってしまったのだと男は語る。
だが、そんな彼を見捨てなかったボティスの献身により男は以前よりも自信を取り戻し始めていた。
そしてかつての誇らしい人生を取り戻すために、トーア公国の鉄血祭に参加することをボティスに打ち明けていた。
出場に際しての装備品資金などの諸々もボティスに借り受けながら、男は意気揚々と優勝をボティスに約束する。
「そして人々は思い知ることになるだろう!
かつて『不敗の騎士』と呼ばれたこのマケルー=ジャンの実力が本物であることをね!」
◇
トーア公国の宮殿までやってきたソロモンは、来賓として招かれて来ていたシバの女王と出くわす。
既にアイゼン脱獄の報を受けていたシバと情報の共有をするソロモンとヒュトギン。
シバはヒュトギンと同じく、アイゼンが再び台頭し、民がそれを受け入れることを危惧していた。
かつてヒュトギンと王都とが結託して水際で阻止したアイゼンの反乱。
しかし、そのアイゼンの反乱をトーア公国の民達が目の当たりにしなかったことが悪い影響も与えている。「覚えがない」罪状として、中には王都のでっち上げではないかと疑う民まで出始めていた。
シバが最大の懸念としているのは、そのような「アイゼン派」と「現トーア公派」でトーア公国が二分され内紛が起きることである。
民の目の前にアイゼンが現れて、決起を煽る事態だけは避けなくてはならない。
ソロモン達には周辺に現れた幻獣討伐と並行してアイゼンの捜索と拘束が命じられる。
深刻な話をしている途中、扉が開き幼い少年が入室する。
彼こそ新たなトーア公となるシュタールであった。
たどたどしくもソロモンに挨拶をするシュタール、その面持ちはどこか頼りなさげである。
幼くも母を亡くしたシュタールは、アイゼン失脚の後の唯一の血縁者として、ただの貴族の子供だった身分から担ぎ上げられることとなってしまった。
シュタールがヒュトギンに促されて退室していく。
多少の反発は覚悟の上でアイゼンを処刑しなかったこと、穏便に収めるためにトーア公国を今までの形で存続し、王都の意向としてもシュタールを祭り上げた責任があること。
その自省をシバは口にする。
◇
宮殿を離れ、アイゼン捜索に向かう途中、公国の広場を通りかかるソロモン達。
既に鉄血祭の開催に先立って公国にはヴァイガルド中から人が集まり活気に溢れていた。
ソロモンは試合を控えて別行動を取っていたボティスを広場で発見する。
出場者と思わしき男と会話をするボティス
同行者のモラクスは意気揚々と男に、優勝はボティスかストラスが取るから諦めた方がいいぜと口にする。
男はソロモンの出立ちや仲間の様子を観察した後、特に踏み込んだ会話はせず立ち去っていく。
ソロモンもボティスに試合の激励の言葉を送った後にアイゼン捜索のため再び別行動を取る。
しかし郊外に出ようとする寸前、騎士団が訓練用に飼育していた熊が複数頭、脱走したとの知らせが飛び込む。
ソロモンも暴れ回る熊に咄嗟に応戦する。
◇
突然のトラブルに見舞われたものの、他の暴れ熊達も大会の予選出場者達によって討伐されていた。
大会の運営委員はこの熊の討伐を果たした15名の選手を予選通過者として決勝トーナメント進出の発表をする。
それを聞いていたソロモン達
トラブルによって予選が立ち消えになり、よりスムーズに暗殺の機会へと近付いたことにもなる。
同行者のウェパルはこの熊の脱走も何者かによって仕組まれたことではないかと嫌な予感を覚える。
◇
決勝に進出した15名の中にはボティス、マケルーの姿もあった。
そこに先ほど話しかけてきた男が現れる。
熊を軽く「撫でて」決勝に進出したと話す、その男の名はバロール。
謙虚な言葉とは裏腹に、彼の放つ挑発的な殺気を感じ取っていたボティスは本能的にこの男がメギドである可能性を予感する。
次元の違う空気を、一人何も感じ取れていないマケルーはバロールの表面上の言葉に「自信が無ければ棄権するように」と威勢よく進言する。
マケルーに目も向けていなかったバロールは彼を見据えて、先程の熊の戦いにおいてのマケルーの行動を謗る。
本戦に出場した他のヴィータもそれぞれの戦い方で熊を撃退していた。
ボティスに至っては逃げ遅れたヴィータを守りながらも戦い抜いていた。
だがマケルーは違った。彼はボティスを盾にするようにあちこち隠れて逃げ回っていただけだった。
「俺ァ、戦士に会いに来たんだ 臆病者にゃ用はねェ」
怒気すら含んだその言葉にマケルーも反論する。自分は本戦前に無駄な消耗を避けるべく戦略的に…
「『今』戦わねェヤツァ生涯戦わねェんだよ 俯いて言い訳を探すだけさ」
言葉を遮られ、言い淀むマケルー
悔しがるフリをするんじゃねぇ、てめぇが本物ならとっくに剣を抜いて俺に向けているはずだとバロールは更にマケルーの薄っぺらい上っ面を剥がし取っていく。
耐えられずボティスが間に入る。そこで口論にもならない一方的な会話は終了する。
マケルーはバロールに最後まで言い返すことができなかった。
◇
熊の脱走の事態は終息する。
熊を扱っていた舎長に接触する黒のローブの男
ローブの男は舎長に、本当に市民に被害が出ていないか確認を取る。
立場を悪くするかもしれない舎長に詫びつつも、協力に感謝すると伝えるローブの男
「命令」に従うのみだと忠誠の意思を舎長はローブの男に示す。
そして裏で行動をしているもう一つの場面
バロールは人の気配の無い路地裏で相手を待っていた。
先程の熊の一件も余計なことをしやがってと、現れた相手に悪態をつく。
ザミエルと呼ばれた男は作戦の進捗をバロールに伝える。
そして、これから大詰めとなる暗殺計画の首尾をバロールに再確認する。
シュタールを暗殺した後に、姿を現したアイゼンによってバロールは討ち取られたフリをする。
回りくどくバロールは乗り気ではないその作戦の首謀者であるザミエル。
彼の語る作戦内容はシバの女王が危惧した通り、アイゼン派を先導してこのトーア公国に戦乱を、果てには王都とトーア公国の戦争に発展するまでを見据えていた。
その先にあるものはヴィータ同士の戦争を介したメギドとハルマの代理戦争…すなわちハルマゲドン。
彼らこそがトーア公国を脅かそうとするメギドラルからの刺客であった。
◆
試合の開始を待つバロールは昔のことを思い返していた。
それはかつて遺物の回収のためにヴァイガルドに訪れていた時のことであった。
戦争の中にもルールを、バロール風に言えば仁義を通すやり方を同じ任務にあたっていたメギド達は快く思っておらず
メギドラルへの帰還の際にバロールは仲違いから他のメギド達によって罠にかけられ、ヴァイガルドに置き去りにされてしまう。
置き去りにしたメギド達の中にはザミエルの姿もあった。
彼らが呼び出した幻獣に手負いのバロールは苦戦する。
そこに駆けつけたのが若き日のアイゼンであった。
その場所はトーア公国の領地であり、アイゼンは兵を率いて幻獣討伐を行っていた。
一人一人の力は幻獣に遠く及ばないヴィータが、集団戦闘において確実に幻獣に攻撃を与えて仕留めていく。
ヴィータは戦争なんざ知らねェヒヨッコの集まりだと認識していたバロールは、アイゼン達の戦いぶりに認識を改める。
そのまま気を失ったバロールはアイゼン達によって保護されるのであった。
◇
トーア公国の武闘場にて幼きシュタール公の声が響き渡る。
ここに伝統ある武の祭典、鉄血祭の開催が宣言された。
暗殺阻止に協力はするものの、やはり目立ちたくないストラスはどうにか目立たず普通に勝ち進むことを考えていた。
ボティスもまた、マケルーの出場する大会に自分も出ることになってしまい彼と試合で当たってしまうのではないかということを心配していた。
しかし、そのマケルーは一向に試合会場に現れない。
いっそ棄権してくれればと考えていたボティスであったが、次第に本当に逃げてしまったのか?
大会に懸けていた情熱は嘘だったのかとマケルーに心の中で呼びかける。
◇
一方で、マケルーは取り逃した最も獰猛とされる熊を一人撃退していた。
そして、既に傷だらけのマケルーは武闘場に現れる。
心配するボティスに、マケルーは落ち着いた面持ちで大丈夫だと告げる。
決勝トーナメントの一回戦にエントリーされていたマケルーは休む間もなく試合相手のドロジャイとの試合に臨む。
調子を取り戻したマケルーはドロジャイの技の応酬にも確実に対応し、泥試合となりつつも勝利を捥ぎ取る。
貴賓席で試合を鑑賞していたシバもマケルーの勝利を称える。
隣に座るシュタールも初めて見る騎士団以外の者達の真剣勝負に目を輝かせる。
(マケルーはメギドであるはずがない、そのマケルーに負けたドロジャイもメギドではない…)
シバは心の中で冷静に試合に潜んでいるメギドの正体を探っていた。
試合を終えたマケルーは負ったダメージに膝をつく。
そこに現れたのはバロールであった。
今のお前は戦士の目をしているとマケルーを認めるバロール。
そんなバロールに君のおかげだと告げるマケルー。
自分の本心を暴かれ、戦う姿勢を痛烈に批難されたバロールからの言葉がマケルーを再び立ち上がらせたのであった。
「いい戦争をしようや 楽しみにしてるぜ」
そうバロールは言って去っていく。
◇
「そんなに退屈なら私が乱入して面白くしてあげましょうか?」
冗談か本気かわからない笑みで弟子に話しかける男、アマゼロトである。
ハックも同席しており試合を観戦していた。
アイゼン捜索のために会場を離れるソロモン達が戦力の補充として召喚していたのである。
二人の師が今まさに注目しているのが、バロールの出場する試合である。
公国騎士ジャッジスの試合開始の合図が告げられると同時に試合相手であるカズアワーセは崩れ落ちる。
バロールはものの一瞬で勝敗を決する。
ストラスも手加減をしているつもりが試合相手を秒殺し試合を勝ち進んでしまう。
その後の試合は研究員風な眼鏡の優男アッシュと商人のボッタクルという一風変わった対決である。
どちらもこれまでの戦士達とは違い、一見強そうには見えない。
だがボッタクルは試合ルールに違反しない上で、毒薬に眠り薬と使えるものは何でも使うスタイルで勝ちを拾ってきた強者である。
対してアッシュはどうも頼りなさそうな風貌である。
しかし、試合が始まると同時にボッタクルは自分に何が起こったのかも理解する前に地に伏す。
アッシュの神速とも呼ぶべき技が一瞬にして勝負を決めてしまったのである。
試合を見ていたカマエルやエリゴスは、このアッシュこそ大会に潜入した暗殺メギドだと感じ取る。
また、別の試合ではかつてリャナンシィと共にソロモンに敵対していたドンノラ流の兄イズーナと、
ハックがヴァイクラチオンを指導する村の村長であり高齢ながら鍛え抜かれたヴァイクラチオンの使い手であるオバーバとの試合も取り行われた。
試合はオバーバ優勢に進むも寸前のところでギックリ腰をやってしまう。魔女の一撃を受けたオバーバは戦闘不能に、イズーナは勝負に負けつつも試合を勝ち進む。
どちらもハックにとっては弟子であり、更なる鍛錬が必要だと熱く叫ぶ。
その頃のアマゼロトは弟子に二度目のお菓子を買いに行かせるところであった。
「他に人いなかったのかよソロモンさあ…」
エリゴスは不満の言葉を別行動中のソロモンにぶつける。
◇
ソロモン達はトーア公国の周辺の幻獣を討伐しながら、アイゼン脱獄後の監獄にフォトン文字でソロモンに向けて書き残していた「北の地」を目指していた。
そして、そこで同じく何者かに手紙で呼び出されたというバールゼフォンと出会う。
偶然にしては出来すぎている。そしてソロモン、バールゼフォンを共に知る相手。
ソロモンはやはりアイゼンの意図によってことが進んでいることを確信する。
◇
一方、鉄血祭のトーナメントも第2試合に
ボティスは対戦相手のギバップを必要以上に傷付けないように締め上げて降参による勝利を収めていた。
「相手の男は子供扱いされたんだ これだけの観衆の目の前で…そりゃ大恥もいいとこだ」
つまりボティスの戦い方は優しさでも何でもなく、一流の戦士にとっては残酷なことに他ならない。
観戦していたカマエルはボティスの戦い方に否定的な意見をこぼす。
シバは大会参加者の中に紛れ込んだメギドを、バロール、そしてアッシュの2名まで絞り込んでいた。
そのバロールとストラスの試合も開始する。
ストラスの力量を察したバロールは初手から目眩しなどの搦手でストラスを組み伏せる。
押されながらストラスも相手のバロールの力強さに瞬時に彼がメギドであることを察知する。
ストラスは持ち前の力と体幹の柔軟さによりバロールを一蹴、本気の眼差しでバロールに向き直る。
(なりふり構っていられない…!「普通」じゃないと思われても、この人には勝たないと…!)
ストラスの目つきが変わったことをバロールも察知する。
もはやタダでは勝ちを拾えない相手、バロールは腕と足を犠牲にしてでも勝ちを捥ぎ取る覚悟を決める。
ストラスの必殺の一撃がバロールを穿つその瞬間、ストラスは足を崩して転倒する。
その隙を逃さなかったバロールの反撃によりストラスは倒れ試合の勝敗が決する。
運悪く足を滑らせたかに見えたストラスの敗因。
戦っていたバロールは、その不自然な結末にザミエルの横槍があったことを察する。
事実、ザミエルは監獄塔の屋根から試合会場を見下ろしていた。
この先、他のメギドとの試合を控えるバロールがストラスとの試合で負傷しないためにザミエルが放った「魔弾」
それがストラスに隙を与えさせたのである。
◇
ストラスは医務室で目覚める。
試合は間も無く準決勝を迎える頃である。
付き添っていたボティス、ヒュトギンにストラスは試合時、バロールと勝敗を決する瞬間に自分の力が突如抜けてしまったことを伝える。
付き添っていたボティスはアッシュとの対戦を控えていた。
ウォーミングアップに向かうボティスに、ストラスはアッシュの高速の体術を風で捉えればボティスにも勝機があるはずだとアドバイスを送る。
一回戦の一度の回し蹴りを見ただけでアッシュの攻略法に至っていたストラスに驚愕しながらも、ボティスは試合に向けて退室する。
残されたヒュトギンとストラス
ヒュトギンは彼女にアッシュの正体が「隠し球」として用意した3人目の味方のメギドであることを明かす。
見知らぬヴィータの姿を取ることが可能な、ストラスも知っているというメギドの正体…。
ストラスはすぐに誰なのか理解するが、それなら何故試合を控えるボティスには伏せていたのかをヒュトギンに訪ねる。
「それを話せば、たぶんボティスは手を抜いてしまうだろうからさ」
味方が他にいるなら、そして何より、ボティスに偽って3人目の参加者を紛れ込ませていたヒュトギンが自分を「裏切った」と感じてしまう。
「信頼には信頼で応える」それは裏返すと「信頼してくれない者は信じない」ということでもある。
保険は必要だが、ボティスには何も知らずに勝ち上がって貰う。それがヒュトギンの仕込みであった。
話に納得するストラスにヒュトギンは少しキミの体を調べさせて欲しいと言い出す。
急な申し出に驚くストラスであったが、バロールの戦いにおける敗因、その際に「なにかされた」痕跡を調べたいという理由であった。
◇
ボティスとアッシュの試合が始まろうとしていた。
「共に、観客の心を奪うような戦いを繰り広げよう!」
アッシュもメギドとして手を抜くつもりはない。これまでの2戦で見せてきた先手必勝の攻撃がボティスを襲う。
高速の撹乱の後、本命の回し蹴りがボティスに届く刹那を彼女は見逃さずにブロック、そしてカウンターを食らわせる。
アッシュの観客を沸かせるため目立つように振る舞う動きの大きさと、ストラスの助言のおかげでボティスはアッシュに勝利する。
じゃあ僕はおとなしく「裏方」に…そう言いながらアッシュは試合会場から去っていった。
ボティスも試合場から戻ると、マケルーが勝利を讃えてくれた。
君がこんなに強かったなんて、私も負けていられないと奮い立つマケルーだが、ボティスは言いにくそうに彼に次の試合を棄権するように勧める。
彼の次の対戦相手はバロール、メギドに間違いない相手にヴィータのマケルーは万に一つも勝ち目は無い。
そして、(負ければ彼はまた自信を失う)そのことをボティスは心配していた。
「君は…私が『負ける』ことを心配しているのか?」
ボティスの心の内を見透かすようにマケルーは問いかける。
だが、そう不安にさせるのも仕方がないくらい今までの自分は酷いものだった。
ここに来てからも予選の暴れ熊に、自分はボティスを盾にして隠れるように逃げているだけだったと打ち明けるマケルー
そんな彼に、ボティスは「仕方がないこと」だと優しい言葉をかける。
「優しいな、君は だがその優しさは…今の私にはトゲのように心に刺さる」
マケルーは言葉を続ける。
かつて自分が進んでいた「不敗の騎士」としての栄光の道。
そして、たった一度の敗北で逃げ出してしまったこと。
その逃げ続けた先にボティスの優しさがあり、彼女の優しい言葉に甘え続けてきた。
きっと、昨日までの自分ならボティスの進言通り、それらしい理由をつけて棄権していただろう。
そうすれば少なくとも「負け」は避けられる。
だが…
「私が本当に恥ずべきなのは、『負ける』ことではない、『逃げる』ことなのだ」
マケルーは迷いを捨てた表情でボティスを見据えてそう告げる。
謝ろうとするボティスを制し、君も戦士ならどうか私を憐れまないでくれとボティスのこれまでかけてきた優しい言葉をマケルーは拒む。
戦えば必ず負けるだろう、その覚悟を持った上でマケルーはバロールの待つ試合会場へと向かう。
(私はずっと彼を『守っている』つもりだった…酒に逃げている彼を肯定して、無理をさせないようにして、ずっと『守ってあげた』…)
試合に赴くマケルーの背中をボティスは見つめる。
(…ごめんなさい きっとそれは私の傲慢だったのね あなたは私が思っているよりもずっとずっと…強い人だった)
「がんばって、マケルー…!」
試合の舞台に立つマケルーに向けて、ボティスは本心から出た言葉をかける。
◇
「ちょいと驚いたぜ さすがにお前がここまで来るとは思っちゃいなかった」
試合相手のバロールはマケルーにそう告げる。
対戦相手が比較的、力量の低い相手ばかりだった。マケルーは対戦相手に恵まれたことを隠さずに伝える。
自身の弱さを知り、足だって既に震えている。
それでも逃げずにバロールに挑むマケルーにバロールは、それこそが戦士の顔だと称える。
「お前は俺より弱ェ… たぶん話にならねェくらい弱ェ だがな…そういう顔をしたヤツとはいい戦争ができるもんだ…楽しみだぜ」
こうして決勝戦進出を決める戦いが始まる。
大きな雄叫びと共に先に仕掛けたのはマケルーであった。
その攻撃を躱したバロールは手加減抜きの強烈な一撃をマケルーに叩き込む。
勝負は一瞬で決まった…かに見えた。
しかし、マケルーは立ち上がる。
せめて一太刀、決勝に進むボティスのためにも…せめて!
もはや精神力のみで立ち上がるマケルー、だがバロールにもここで引くわけにはいかない理由がある。
──かつての「友」との約束
バロールの容赦の無い攻撃の連続についにマケルーは気を失い倒れる。
勝敗は決した。
(ようやくだぜ、アイゼン やっとあんときの義理に報いてやれる…)
試合場を後にするバロールは過去の約束を思い出していた。
◆
それはバロールが他のメギド達に裏切られ、手負いのところをアイゼンに保護された過去の話に遡る。
自ら怪我を負いながらも助けてくれたアイゼンに、バロールは少なからず恩義を感じていた。
メギドラルに戻るアテも無いままバロールはしばらくの間、アイゼンの話相手として同行する。
アイゼンは流れ者のバロールだからこそ、様々な思いを打ち明ける。
強大な武力を誇りながらもエルプシャフトの王家から所領を授かるに甘んじた初代トーア公
何故その力で自らが頂点に立つ王にならなかったのか?
そして、いつか自分が初代を超える力で自分の王国を築き上げる、若き野心に燃えるアイゼンはバロールにその夢に手を貸してくれないかと頼む。
「悪かねェ」
バロールも恩義のあるヴィータの夢を叶えることを望ましいと考えていた。
◆
「いきなりで悪いんだがな… 俺ァ故郷に帰ることにした」
バロールはトーア公に就任したアイゼンにそう告げる。
メギドラルのことは明かさず、機会を逃せば二度とは通れない「関所」をくぐって故郷へ帰るのだと話す。
間も無く開催される「鉄血祭」で共に決勝戦で戦えないことが残念だとアイゼンは友との別れを認める。
正直、二度とこっちに戻る気はない。
しかし、何の因果か再び自分がこの地を訪れることがあったその時は
「世話になった義理は返すぜ それだけは約束してやる」
異世界で出会った友とバロールは別れの挨拶を済ませた。
◆
「…遅ェぞバカ野郎が 不安定なゲートだっつったろ」
そうバロールに不満を漏らすメギド
後にソロモンとの戦いの中で命を散らせるチリアットである。
バロールとも旧知の仲であったチリアットは、探索任務から戻ったメギド達を「尋問」した末に取り残されたバロールの所在を知り迎えに来たのであった。
「借り」を作ってバロールを自分の仕掛けた大物相手の戦争に参加させるという目論見もあった。
久々のメギドラルの戦争に高揚感を昂らせながら、バロールは生まれ落ちた世界メギドラルへと帰還する。
◆
メギドラルへ帰還してから幾年かの時が過ぎた。
牢屋に閉じ込められたバロールの前にチリアットが現れる。
バロールはバナルマ明けの若いメギドを戦争において使い潰そうとする軍団長に反対して対立の末、半殺しにした罪で懲罰局に投獄されていた。
ヴィータを殺す殺さない、バナルマ明けのメギドを使い捨てにするしない
お前はヴァイガルドで嵌められた時からつまらないことで揉めてばかりだと言うチリアットにバロールは言葉を返す。
「俺ァ、俺の仁義にそぐわねェことをやる気はねェ…そもそもメギドはそういうもんじゃねェのかい」
別に不服な命令全てに逆らうわけじゃない。それが戦争であれば必要な手を汚す場面だってある。
しかし最近はフォトン不足に始まり、棄戦圏による戦場の縮小、無闇なメギド体による戦闘の禁止などがんじがらめなしがらみばかり。
「俺たちは…俺たちの戦争はいつからこんな風になっちまった?」
バロールは言葉を続ける。
ここにブチ込まれてから昔のことを思い出す。
それは、戦争が楽しくて仕方がなかった頃のこと。
テメェの力を示すために戦った テメェの名を上げるために戦った。
名を上げて、デカい軍団から声が掛かりゃ、もっとデカい舞台でいい戦争ができると思ってた…
だが所属する軍団がデカくなればなるほど、戦争の目的も、作戦も、手打ちになればその中身さえも知らねェところで決まっていく。
勝ち負けの手応えもねェままに、どっかの誰かが戦果を得たってハナシだけが頭の上を通り過ぎる。
いつしか戦争は俺の手を離れ、モヤモヤした得体の知れねえなにかになっていく。
今回の一件だってよ…
俺が本当に気に入らなかったのは上の作戦じゃねェんだ
俺が本当に気に入らなかったのは…
その作戦をそういうものかと受け入れようとしていた俺自身だ
いつの間にか、自分自身の血と魂がゆるやかに腐っていたことが…俺にゃァ我慢ならなかった
だからブッ殺したんだ
そういうテメエと一緒に…
クソッタレの軍団長をな
「なあ、チリアットよ どこに行っちまったんだろうな…知ってたら教えてくれよ…
己の力を誇るメギド2人が戦場で向かい合って…
強ェほうが…個を示した方が生き残っていく
俺たちが血を熱くした そんな戦争は、一体どこに行っちまったんだ…?」
黙って言葉を聞いていたチリアットが口を開く。
「俺が口を聞いてこっから出してやってもいいぜ その代わり…テメェは俺の軍団に入りやがれ」
誰がお前の、俺より弱いお前の下に付くかとバロールは反論する。
チリアットはそれを自嘲しながらテメェより弱い俺の下にだと言葉を拾う。
だが、それを認められたからこそ、チリアットはしたたかにこの現代のメギドラルの戦争社会で議席を持つに至ったメギドである。
「自分の強さだけを誇ってりゃいい時代はもう終わったのさ」
その上で、自分ならバロールが嫌に思う戦争はさせねぇとチリアットは自分の軍団に入るよう再度求める。
好きにしな、とバロールは加入を認める。
チリアットは観念したバロールに言葉を返す。
「言われなくてもそうするさ そういうもんだろ、メギドってのは」
◆
「バロール様…ですね」
メギドラルの中枢都市レジェ・クシオを歩くバロールに声をかけたのはチリアット配下のメギドであった。
バロールはチリアットとの面会の後、懲罰局から釈放されていた。
チリアットとの約束通り、軍団入りの意向を示すバロールであったが配下のメギドから驚くべき事が伝えられる。
「チリアット様は…戦死されました」
言葉を失うバロールにそのメギドはチリアットの最期についての情報を続けて話す。
オリエンスというメギドとの戦争がきっかけで、悪化した戦況を覆すべくマキーネを求めてヴァイガルドへ向かったこと
その行動中、ヴァイガルドのソロモン王と交戦となりマキーネに乗り込んだチリアットは戦死した。
更にバロールを絶句させたのはそのソロモン王なる人物がヴィータということであった。
ヴィータが軍団を持ち、そしてチリアットを打ち破った…。
バロールのヴィータに対する認識はもはやただの下等生物と捨て置けるような存在ではなくなっていた。
チリアット軍団は解体となり、部下であったそのメギドも自分はチリアット様以外のメギドの下につくつもりはないとレジェ・クシオの雑踏の中に消えていった。
バロールはまたも、果たすべき義理を果たせぬまま大切な友との別れを経験する。
◆
各戦場を転々とするバロールは、メギドラルでも噂となっているソロモン王の情報を聞いてまわっていた。
しかし、冷静に分析する程、1人で戦いに出て勝てる相手ではないとバロールは理解する。
チリアットの仇討ち、せめてソロモン王の軍団に一矢報いる方法は無いものか…。
そんなバロールの前に、かつて自分を嵌めた連中の1人であるザミエルが現れる。
唯一ケジメをつけることのできなかった相手の登場にバロールは臨戦態勢となる。しかし、バロールにザミエルは思わぬ話を持ちかける。
バロールがソロモン王についての情報を聞き回っていることを知っていたザミエルは、自分ならヴァイガルドへ行く予定も許可もあることを伝える。
そして、過去の遺恨を水に流す代わりに戦力として力を貸してくれないかとバロールに持ち掛ける。
バロールは、ソロモン王への仇討ちを果たす機会を得るため、ザミエルの話に乗るのであった。
◇
「陛下!もうしばらくお待ちください!」
トーア宮殿にヒュトギンの声が響き渡る。
試合も佳境に入り、紛れ込んだ暗殺メギドはバロールに間違いない。
更に観客席には怪しい黒いローブの男が潜んでいることもヒュトギンは確認していた。
しかし、主犯格であるアイゼンの確保は未だ完了していない。
この状況でシュタールを再び表に出せば、今度こそ彼に凶刃が及ぶ…。
ヒュトギンは最後の手段に出る。
実は陛下の命を狙う者が会場に紛れ込んでいる…という暗殺計画を、ヒュトギンは幼きシュタールに明かす。
賊が捕らえられるまでどうか、決勝の試合を中止し、この場に留まって欲しいとヒュトギンは願い出る。
しかし、シュタールから返ってきた言葉は、その件を他に知る者はいないのかを尋ねるものだった。
幸い、騒ぎは広まっていない。ヒュトギン達は秘密裏に暗殺阻止に奔走していた。
「…ならば、これ以上、この場に留まるわけにはいかぬ 予定通り、決勝戦を開始せよ」
シュタールからの予想だにしない返答にヒュトギンは驚きをあらわにする。
アイゼン公ならば、そのような事態でも堂々と武闘場に赴かれたはずだ。と、シュタールは言葉を続ける。
賊ごときを恐れて身を隠していては世間の笑い者になる、アイゼン公の後継者を務めるのであればたった1つの綻びもあってはならないのだ。
目の前にいるシュタールの眼には覚悟の意思が宿っていた。
「ヒュトギン、そなたの気持ちは嬉しく思う」
おそらく、これまで暗殺の事実を隠し…鉄血祭が平穏に行われるよう苦心していたはずだ
それは自分が頼りなく、「お飾り」でしかない身であるからだとシュタールはヒュトギンに詫びる。
だからこそ、その「お飾り」の自分が真のトーア公として認められるためには、シュタールなりの「武勇」を示すよりない。
今、自分の命を狙う者がいる…。それはむしろ好機なのである。
「ならばこそ、余は示せるのだ そのような者に臆することないトーア公としての姿をな」
それだけではない。
公国の名に懸けて決して賊などの好きにさせるはずがない。
余は、みなを信じておる。騎士団の者も、そなたも…。
家臣を信頼せぬ主にどうして下の者たちが従うであろうか…そうは思わぬか?
力も無いシュタールが今、唯一できること。それが家臣を信じることであった。
その信頼はヒュトギンにも向けられている。
幼くまだ何も知らないシュタール…そうヒュトギンは心のどこかで思っていた。
しかし、目の前にいる彼は今まさにトーア公としての立場を果たそうと必死に脅威に立ち向かおうとしている。
ヒュトギンはシュタールの前で膝まずき、その覚悟に応える意志を示す。
「御心のままに、陛下…
賊はオレの命に換えても必ずや捕らえてみせましょう
…貴方の信頼に応えるためにも」
◇
「よくぞここまで勝ち残った!ボティス、そしてバロール…まずは両名をここに称えよう!」
武闘場にシュタールの声が響き渡る。
決勝戦の開始が、予定通り、宣言された。
シュタールを守るために、ヒュトギンはボティスにその護衛を託していた。
次善策を裏で講じるのではなく、シュタールに向かう凶刃をボティスならば守ることができる。
だからこそ「もう1人」を捜すためにヒュトギンは行動を開始していた。
ヒュトギンから信頼を受けたボティスは、決勝戦を前に警戒を厳にする。
そのシュタールを守るという意識もあり、戦闘開始後のバロールの攻勢に防戦一方になってしまうボティス。
しかしボティスの巧みな守備にバロールもまた決定的な一打を与えることができない。
「バロールの野郎め 手間取ってやがるな…」
武闘場を高くから眺めるザミエルは苛立っていた。
本命の「魔弾」がボティスとバロールの戦闘に挟まれる形でうまく射線が通らずにいたからである。
バロールとボティスは鍔迫り合いの形で攻守を拮抗させていた。
その最中、バロールがそっと耳打ちをする。
(表情は変えるな、そのままだ あのガキを守りたいなら、俺を信じろ…いいな?)
膠着状態の2人、しかしボティスが徐々にバロールを追い込み後方へにわかに退かせる。
遠目から狙撃を企むザミエルにとっては格好の立ち位置となった。
これでシュタールに射線が通る…。
「あばよ、トーア公!ドタマに2発…食らって逝きな!」
ザミエルのメギドの力によって射出された「魔弾」が2発、シュタール目掛けて放たれる…。
◇
しかし、ザミエルの目に映ったものは
射線を遮るボティスの鋭い眼光であった。
頑強なボティスの盾が、ザミエルの放った凶弾を見事に防いだのである。
ザミエルにはボティスが防ぐ前に、バロールが示し合わせたかのようにボティスを蹴り飛ばし、シュタールを狙う射線上に誘導した動きも見えていた。
まさか、バロールの野郎…裏切りやがったのか!
予定外の事態に、暗殺は失敗、しかし自分の潜んでいる居場所まではわかるはずがない。
ザミエルは引き連れていた幻獣たちに命令を下す。
こうなれば武闘場にいる全員をぶっ殺せばいい。その間に自分はメギドラルに帰還するだけだ。
作戦は失敗だが、バロールの裏切りを報告すればいい。
「いいや…キミはミスを犯しているよ 既に一度ね」
潜伏場所に予想だにしていなかった自分以外の声
その声の主、ヒュトギンはザミエルの動揺を見透かしたかのように、何故この場所がわかったのかを話す。
暗殺者はバロール以外にもう1人いる。
そして、そのメギドは長距離からの狙撃を行う能力を有している。
ヒュトギンは、ストラスが試合中に転倒した一件後、彼女の足に残っていた攻撃の跡からこの推理に至っていた。
そして、アイゼンが脱獄後、人の出入りも途絶えていたトーア公国の監獄塔
武闘場を見渡せるその場所こそ、格好の狙撃場所だったのだ。
ヒュトギンの推理に冷汗を滲ませるザミエルは、彼に今まさに解き放った幻獣たちの脅威を餌に揺さぶりをかけようとする。
しかし、ヒュトギンはそんな交渉には乗る必要がないとザミエルに返答する。
そう、彼には信頼する仲間たちがいるのだ。
◇
狙撃を阻止したボティス、しかしバロールはまだ脅威は去っていないと即座に叫ぶ。
瞬時に上空から飛来する有翼の幻獣たち。
その場にいたシュタールを守りながら応戦する2人。
観客席にいたエリゴス、アマゼロト、ハックも襲撃してきた幻獣の討伐に乗り出す。
医務室から出てきたストラスも緊急事態に応戦していた。
そこに郊外からソロモン達も戻ってくる。
ソロモンはストラスに避難者の支援を頼んだ後、手に持っていた遺物を起動させ幻獣を誘き寄せた。
ストラスはソロモンが持っていた遺物よりも、彼と同行していた人物に目を丸くさせた。
トーア公国の前団長、そしてアイゼン公と共に姿を消していたデーゲンその人であった。
「そのまま離れないで!いいわね!あなたは私が守るから!」
突然の幻獣の襲撃に動揺するシュタールを傍におき、ボティスは懸命に幻獣と戦う。
無秩序に観客を襲う幻獣の群れ、しかし幻獣に立ち向かっていたのはメギドだけではなかった。
「キエエエエエェィッ!」
ハックの弟子、オバーバ村長の気合の篭った叫びが響き渡る。
ドンノラ流兄弟も幻獣の襲撃からヴィータを守っていた。
マケルーと壮絶な泥試合を展開したドロジャイ
ボティスから締め上げられ降参させられ、プライドをへし折られる負け方をした闘士ギバップ
バロールに瞬殺されたカズアワーセ
試合に負けて打ちのめされていた彼らも戦士としての意地までは捨てていなかった。
ストラスと共に幻獣に応戦し、逃げ遅れた観客の避難に力を注ぐ。
◇
「ま、待ってくれ!話すっ! 話すから…」
ザミエルは自分の背後に更に上位の存在がいるのかをヒュトギンから尋ねられていた。
しかし、ザミエルの一瞬の沈黙こそ、彼単独の作戦であることの証拠であった。
答えを窮したザミエルは焦っていた。
それはヒュトギンとの交渉に関してではなく、少しでも時間稼ぎをしておきたいからである。
彼がフォトンの力を用いて形成することのできる「魔弾」
長距離狙撃を可能とする射程と精度を持つ反面、ヴィータ体に致命傷を与える威力にするためには時間を有するという欠点があった。
(あと少しだ…あと少し時間を稼げば、『魔弾』ができあがる)
ヒュトギンの死角から魔弾を狙っていたザミエルはその発射タイミングを悟られぬよう会話を続ける。
「俺の…背後には…」
あと少しで…
よしっ!できたっ!
「誰もいねえよ、バカがっ! 死にや──」
ザミエル自身が理解の及ぶ前に、彼への絶命の一撃が入る。
その神速の技の使い手、出場選手の1人でもあるアッシュが絶命したザミエルの背後から姿を表す。
ヒュトギンが護衛に隠していたアッシュ。
眼鏡をかけた優男風のその身体が瞬く間に変わり、そしてマントが風にたなびいた。
変装の名人である怪盗オレイ、そして相棒のカルコスがいつものように彼の肩にとまる。
黒幕は仕留めた。
だが、まだアイゼンの企みが残っている…。
ヒュトギンたちは急ぎ、武闘場へと引き返す。
◇
貴賓席にまで押し寄せていた幻獣をカマエルが溢れんばかりの怪力で仕留めていく。
シバの女王はカマエルの護衛を受けつつ、シュタールの姿を必死に探していた。
シュタールは武闘場にボティス、バロールと共に取り残されていた。
そして、そこにヒュトギンが発見した黒いローブの男が現れる。
バロールが何かを伝え促した後、その男はシュタールへと近づく。
ボティスが幻獣からの攻撃に応戦する隙を縫うようにシュタールの目の前まで接近する男は、その場でローブを脱ぎ捨てた。
歴戦の戦いの傷を顔に刻み込んだ、厳格な武人と形容するべき男の素顔。
彼こそ、前トーア公アイゼンその人であった。
「まさかアレがアイゼン…!? いけない!彼から離れて!」
シュタールに咄嗟に呼びかけるボティス。
貴賓席からその模様を確認したシバの女王も、彼女の持つ指輪からガブリエルを召喚しようとしたその瞬間。
アイゼンは、シュタールの目の前で片膝をつき頭を下げる。
「幽閉の身でありながら、許可なくこの場にいること… 深くお詫びいたします、『陛下』」
突然のアイゼンの登場と、シュタールに対する態度に場内にいる騎士団たちも騒然とする。
今回の脱獄の件も、不逞の輩がシュタールの命を狙っているという噂を耳にしたため、そして脱獄の罰はこの後、なんなりと受ける。
されどこの火急の事態にどうかこの剣を陛下のために振るわせていただきたいとアイゼンはシュタールに願い出る。
「わ、わかりました…感謝します、アイゼン公…」
まだ事態への混乱を隠しきれないシュタールは何とか返事をする。
アイゼンは頭を下げながら、シュタールにしか聞こえない声で語りかける。
(違う…「大義である」だ このような場合、家臣に向けて弱々しい言葉を使ってはならん)
それは、幼くして公主を引き継がねばならなかったシュタールへの最初で最後の前トーア公としての教えであった。
「た、大義である…アイゼン!
そなたの気持ち、余も嬉しく思う! その剣を今一度、公国のために!」
「…御意に」
多くの人々が見つめる中、シュタールが権威をもってアイゼンに命を下す。
彼こそが現トーア公である。誰が見ても明らかであった。
アイゼンは立ち上がり、高らかに叫ぶ。
「トーア公国騎士団、傾注ッ!
このアイゼン…罪を犯し幽閉の身なれど、陛下の危機をお守りすべく馳せ参じた!
これより騎士団は我が指示に従え!幻獣ごときに1人たりとも市民を傷つけさせるなっ!
我らは公国に剣にして市民の盾!市民が傷つきそうになったときは己の身を挺して守るのだっ!」
幻獣の襲撃に混乱していた騎士団はアイゼンの指揮のもと、陣形を組み複数で確実に1匹を仕留める集団の強さで反撃に転じる。
◇
「…まさかアイゼンの狙いが『今のトーア公を立てること』だったとはね」
幻獣と応戦していたウェパルがソロモンに話しかける。
未だ、ことの真相が飲み込めていないモラクスに、同行していた元騎士団長デーゲンは
アイゼンが、幼きシュタールを不安視する今のトーア公国に対して、ザミエルの仕組んだ暗殺計画を逆に利用し、シュタールの威信を高めることを考えていたと再度話す。
トーア公国の郊外でデーゲン、そしてアイゼンと出会っていたソロモン一行は先に今回のアイゼンたちの企みの真相を知っていた。
ソロモンを誘き寄せるために使用した幻獣寄せの遺物を、今度は逆に利用する形で惹きつけた幻獣たちを駆逐していく。
そこにヒュトギンも合流し、「もう1人」の暗殺者も始末したことを伝える。
戦闘の果てに、ソロモンたちは武闘場を襲った幻獣を全て倒すことに成功する。
ヒュトギンは戦闘に加わりながら、ザミエルの「魔弾」を思い返していた。
(あのザミエルってヤツの力は結構、面白い力だったな…)
新世代のメギドであるヒュトギンは元々は対話派と呼ばれる一派に属していた。
その対話派が解体され、マラコーダ軍に移籍してからもヒュトギンは知略と交渉力に長け、その力はソロモンの軍団に身を移してからも頼りにされている。
しかし、自分には戦闘における突破力が欠けている。
交渉が専門とはいえ、武力が自分自身に必要になる可能性だってある。
ヒュトギンは新たな力の模索を考え始めていた。
◇
暴れまわる幻獣を始末し、武道場は安堵の空気に包まれる。
改めてアイゼン含む騎士団一同はシュタール公に跪く。
シュタールは今回の一件により、アイゼンに「恩赦」を言い渡す。
そしてこれからも余の傍で…そう続けようとするシュタールを遮るかのようにアイゼンはシュタールの申し出を断る。
「恩赦をいただけたといえども、この身は大罪を犯せし身
このまま留まればいらぬ禍根となりましょう」
アイゼンはシュタールに自分の身をトーア公国外への追放として欲しいと願い出る。
その願いはただ罰を乞うだけではなく
遠く辺境の地で幻獣に脅かされている多くの人々を一介の流浪の騎士となり、救うことに残りの人生を捧げたい。
それがアイゼンが敗北し野望を散らし、メギドの存在やメギドラルからの侵略というヴァイガルドの世界に降り掛かっている大きな脅威に気付いたことで至った自分自身の真に戦う道であった。
シュタールはアイゼンの願いを聞き届ける。
シバの女王も見守る中で、今回の大元であるトーア公国の騒動は無事解決に至った。
このまま「鉄血祭」を終えてこそ意味があると、シバは意気揚々と荒らされた会場の片付けを自ら率先して行う。
こうして、シバの発案もあり、決勝戦が時間を置いて執り行われることとなった。
ソロモンは、バロールがザミエルではなくアイゼンに協力していた事実を知る。
アイゼンがシュタールの命を救おうと願ったからこそ、その手助けのためにボティスに狙撃の件を伝えたのだった。
ボティスからも彼はいい人だと言われ、当のバロールは照れ臭そうにソロモンと話をする。
ソロモンはバロールのおかげでみんなを守ることができたと礼を言う。
「律儀だねェ、お兄ちゃん いや…ソロモンちゃんか!」
ソロモンが一瞬、事態を理解するまでの間にボティスの盾がバロールの攻撃を防いでいた。
そう、会話をしていたその瞬間にバロールがソロモンめがけて攻撃を放ったのだ。
「アイゼンへの義理は果たした… だから次ァ俺の番ってことさ」
◇
謂れのない恨みに戸惑うソロモンであったが、バロールが「チリアット」の名前を出したことで対立の因果関係を理解する、
バロールは仲間だったチリアットの仇のためにヴァイガルドに戻ってきた。
更には作戦行動中の味方のザミエルを裏切ってまで、アイゼンの行動の手助けもしている。
おそらく、もはやメギドラルに戻れる居場所は無い。
ソロモンは、バロールの私闘を受ける代わりに、もし自分が勝ったらバロールが自分の軍団に加入することを条件に出す。
戸惑う仲間達にソロモンは、バロールがヴィータに味方したこと、先程の幻獣襲撃においても自分の仇討ちに関係の無いヴィータ達を共に守ってくれたこと
そういうメギドとならば一緒にやっていけると思ったことを話す。
その刹那、バロールの攻撃がソロモンに飛んでくる。
咄嗟に間に入り、再度庇うボティス
「お前が俺をどう思おうが、それは別に構わねェ だがな…
ハナから勝った気でいやがんなァ 気に入らねェな…!」
ソロモンの仲間を増やして、ヴァイガルドを守りたいという意志、そして絶対に負けないという自負
それは時に、戦争社会で生きるメギドの感情を逆撫でするものである。
ウェパルも理想が先行しがちなソロモンの言動を嗜める。
「なんでもいいじゃん! つまるところさ、おっさんは俺らとケンカしてえんだろ?」
モラクスの単純明快な戦意にバロールも応える。
ボティスもバロールと肩を並べて戦って、彼の不器用さと真っ直ぐさを感じていた。
ソロモンに続くように、いい仲間になれると思う。だからここで戦う必要なんて…と説得しようとするボティスをバロールは遮った。
くだらない義理なんて忘れて自由に生きる。それも悪くはない。
だが、そこのモラクスが言ったように、四の五の理由を付けたところで俺は…
「…お前らと戦争がしてェのよ
陰謀だの、作戦だの、取引だの、そんな不純な混じり物のねェ…
純粋な…戦争のための戦争をな!」
◇
激しい戦闘の末、バロールが崩れ落ちる。
「ククク…い〜い戦争だった ここまで圧倒的に負けりゃグウの音も出ねェな」
ソロモンが戦闘前に提示した条件を飲むバロール
今すぐにはその気にはなれないが、しばらく気持ちを整理した後で軍団の門を叩くと約束する。
そこにやっと終わったか…とシバの女王が会場の椅子を運びながら現れる。
ソロモン達がメギド同士の争いをしていた最中にも決勝戦の設営のし直しを自ら手伝っていたのである。
幸い、ヴィータに死傷者は出ていない。不穏分子の排除も完了した。
幻獣に襲われたものの、残すところあと1試合、シバは予定通り執り行うことを話す。
勝ち上がっていたのはボティスとバロール
しかし、バロールは先程の戦闘によるダメージと、もはや自分がこれ以上試合に出ることもないと決勝戦を棄権する。
そうなると規定ではバロールの直前の試合の敗者が繰り上げ出場となる。
その相手こそ、ボティスが自分の手で護ってきた相手、マケルー=ジャンであった。
◇
シュタール公の宣言の元、決勝戦を戦う両者が向かい合う。
「マケルー…」
「さあ…来るがいい、ボティス…! 君の、全力で…!」
きっと、この大会が始まる前はマケルーに勝ちを譲っていただろう。
しかしそれは彼の戦士としての誇りを侮辱する行為
だからこそ、手加減なんかしては駄目っ!
ボティスは真っ向から攻撃をしかけるマケルーの剣を受け止める。
そして
「ごめんなさい、マケルー…そして…ありがとうっ!」
試合は、一撃のもとに勝敗を決する。
「あなたのおかげで大切なことに気づけたわ…!」
「それで、いいんだ… あり…がとう…ボティス…」
◇
会場は優勝者のボティスに惜しみない勝利を称える歓声が響き渡る。
ボティスには不思議と、罪悪感は無かった。
そしてその意味も分かっていた。
お互いに本当の意味で信用し、対等であれたから
だからこそ自分を受け入れてくれる相手を信用し、出せた全力なのだ。
(そういうことなのよねマケルー…)
ボティスの心の起きた変化に呼応するように、彼女の身体はリジェネレイトの兆候を発する。
しかし、時悪く、今まさにシュタール公から優勝者への剣の下賜の直前
ソロモンの召喚を我慢して耐えたこともあるボティスも、リジェネレイトの強力な力の前には耐えきれられず。
シュタール公に「その剣は受け取れない」と言い残し、その場から逃げ去ってしまった…。
◇
後日のアジト
リジェネレイトを果たしたボティスの元にヒュトギンが現れる。
「やれやれ…前代未聞だよ 優勝者が剣の下賜の前に逃亡なんて」
苦言を呈しながらも、致し方ない理由にそれ以上は言及せず、彼はボティスに立派な装飾の盾を渡す。
ボティスが「剣は受け取れない」と言ったあまり、シュタール公はきっと剣ではなく盾の方が欲しかったのだろうと思いを巡らせ、ボティスに相応しい品を用意したのであった。
ボティスの雄姿を間近で見ていたシュタールは以後ずっと彼女のことが気になるようである。
是非トーア公国の騎士団にも入団して欲しいという話もボティスに持ちかけられる。
ボティスは自分がそんな役職に就くのは恥ずかしいが、準優勝者のマケルーにも入団できる資格も強さもあるはずだとアジトを飛び出していく。
ヒュトギンはソロモンへ、後のトーア公国の顛末について話す。
アイゼンは王都とも協議の結果、本人の提示した「追放」とする沙汰が下された。
実際のところ、アイゼンは一部の部下と共に辺境で王都が対応しきれていない幻獣被害からヴィータを救うための旅に出たのである。
ソロモンとの話がひと段落すると、ヒュトギンはオリエンスがいないかと尋ねた。
彼自身も今回の一件で、「新しい力」の必要性を感じたのである。
ザミエルの使った「魔弾」の能力、それを自分のものにできれば、ヒュトギンは自身の新たな能力獲得の行動を開始する。
◇
「マケルー、聞いて!あなたさえよければなんだけど、トーア公国の騎士団に──」
ボティスは共に暮らしていたマケルーに吉報を伝えに家に戻っていた。
しかし、彼の姿は無く、一枚の手紙が残されていた。
それは、マケルーからの旅立ちの手紙であった。
鉄血祭を経て、自分の未熟さを思い知ったマケルー
公国騎士団から仕官の誘いもあったものの、マケルーは自身を鍛え直し、さらなる精進のための旅に出ることを決意したのだった。
そして、次に会う時にはボティスに甘やかされない、対等の1人の戦士として戻ってくることをマケルーは約束する。
手紙と共に、これまでの自分に充ててくれていたお金をマケルーは自分の準優勝報酬で返済する。
お金なんてどうでもいいのに…
ボティスはバカねと呟きながらも、彼の決心を嬉しいとも感じていた。
「待ってるわよ、マケルー
そしていつか、あなたと一緒に 戦える日が来るといいわね…」
◇
「…本当にいいんだな 見送りはここまででよ」
これから辺境へ向かおうとするアイゼン、そしてバロールはその見送りに同行していた。
アイゼンが一言、共に来いと言えばついて行くとバロールは言う。
しかし、アイゼンはそのバロールの提案を断る。
お前にはお前の戦場、つまりメギドとしてソロモンの元で、その大きな力で世界を守って欲しい。
自分は大きな力では救いきれない者たちを救う戦いを続けるとバロールに告げる。
「それでも、たまにゃ道が交わることもあるだろうよ… そんときを楽しみにしてるぜ
…達者でな、アイゼン
デーゲンにもよろしく言ってくれ それと…あのお兄ちゃんにもな」
別れではなく、また道が交わる時を約束して、2人は別々の方向に歩み出した。
◇
アイゼンとその補佐をしてきた元公国騎士団長デーゲン
そんな2人に同行する男がいた。
放浪騎士マケルーである。
幻獣を相手にした過酷な旅、2人は決して甘くはない。
追いつくのもやっとな相手
しかしマケルーはボティスに誓ったのだ。
君に再び会うまで二度と負けないことを、真の意味で負けない者
それは、逃げ出さない者であることをマケルーは多くの戦士から学んだ。
待っていてくれ、ボティス!
「不敗の騎士」マケルー=ジャンの凱旋のときをっ!
辺境へ進路を取る3人のヴィータの姿を映し
今回の物語は幕を下ろす。
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